人の心というのは面白いもので、一つ目標が達成されると気持ちが大きくなる。

次に立てた目標が月産120万本である。

2倍でもすごいのにいきなり3倍であった。
工場長と話し合って決めたのであるが、40万本を達成するのにフル生産をしなければいけなかったという事は、3倍以上の生産設備が必要になる。

そんなこともあまり考えずに簡単にいけると2人共思い込んでしまっていた。1992年4月の事である。

今から考えると無茶な計画だと思うのだが、その時は行けると踏んでいた。
E社の販路拡大が頼みの綱であった。
只、今から考えるとおかしな話だが、今の設備でフル生産をして40万本だから、設備増設計画をすぐにでも立てなければいけないのに、言ってみれば3月の瞬間風速のようなもので、その後は十分まにあっているのを何の不思議もなく思っていたのも、今になって考えれば幼稚な世界であった。